だれもが安心して暮らせる大分県条例をつくる会ニュースレター「わたしもあなたも」 2014年10月25日発行 第13号 だれもが安心して暮らせる大分県条例をつくる会 【連絡先】在宅障害者支援ネットワーク 大分市都町2丁目7−4 303号 TEL・FAX 097−513−2313 メール info@daremoga-oita.net ホームページ http://www.daremoga-oita.net 第1面 条例づくりは今、制定の請願を採択した県議会からの送付を受けて、県が作業を進めています。庁内検討委員会を設置し、条例制定に関するアンケートを障がい関係団体に行いました。アンケート結果は9月の県議会福祉保健生活環境委員会で報告され、これから条例検討協議会を設置して条例案づくりを進めることになっています。私たちも力を合わせて県民参加の条例づくりを進めたいと思います。 第3回総会報告  条例をつくる会の第3回総会は、6月14日に県内各地から約150人の方が参加して開催されました。県議会の土居昌弘議員、竹内小代美議員、県の姫野計志障害福祉課長らにもご参加いただきました。第1部「条例案に込めた思いでは前文、「親なきあと」、「性・恋愛・結婚・出産・子育て」、「親なきあと」など大分県独自の内容について思いを伝えました。第2部では「災害」の面から条例の重要性を考えました。 第1部「条例案に込めた思い」から 「 かわいそう」と言わない大分県に ― 前文について 宮西君代  障がいを持って生まれると、「お気の毒に」とか、「どうして生まれてきたんだろうか」とか、「あの家系は血が悪い」とか言われる。同情はされても、「おめでとう」という祝福の声はないことが多い。まわりの人から、何かにつけて「かわいそう」と言われ続ける。地域で一緒に遊び、一緒に学校に行くなど、配慮やあたたかい理解があったら、私たちは「かわいそう」とは言われなかったと思う。今、出生前診断が行われ、生まれる前に障がいがある可能性が分かって中絶することもあるという。私は、障がいがある子が生まれても、まわりの人が心から「おめでとう」と祝福する、安心して子育てができる、やさしい大分県になることを願っている。そんな思いを前文に込めた。 知らない人が余りに多い ― 医療( 緊急時)・教育について 川口二美  障がいについて知らない人が余りに多いと感じる。統合失調症は100人に1人かかる病気なのに知られていない。私も子どもが病気になってびっくりした。周りに理解がないため、精神障がいを発病したことを近所では絶対話せない。地区で孤立する、孤立することでさらに苦しみを抱え込む。障がいは病気から来ていること、どう対応すればいいか、そして誰もがなり得る病気であることを、教育の中で絶対教えて欲しい。治療である程度回復するが、時々悪くなることがある。かかりつけの医者とつながればいいが、夜間や休日には対応してもらえる病院がない。大分県の緊急医療は遅れている。国公立の精神科病院がないのは全国でも大分県だけ。相談センターの電話も夜は通じない。親としてはつらい一夜を過ごすことになる。そんな時には警察を呼べと言われるが、110番するのは親としては切ないし、「自傷他害」以外の対応は困難だ。まず、365日・24時間の緊急相談電話をつくってほしい。願わくば県立病院で緊急医療チームをつくって、訪問診療もできるようなシステムにしてもらいたい。 第2面 自分らしく生きる ― 性・恋愛・結婚について 千住みなみ  小5か中1とかの頃、異性の職員が風呂やトイレの介助をするのを「何となく嫌だなあ。でもしようがないかな。そこは耐えなければいけない」と感じていた。15年経っても鮮明に覚えていて、今になって嫌だったなあと思う。言えなかったのは、おかしいということを知らなかったから。施設ではそれがあたりまえのことと思って、がんばってきたのかなあと思う。今、「寝た子を起こすな」という言葉が使われている。その方が楽、親にとって心配が少なくてすむという面があるかもしれないが、知らないと傷ついてしまう部分、苦しい思いをしてきたこともあるのかなと思う。  私は、「障がい者だからしようがない」と思ってきた。女性としての意識がなかった。町を歩いていてジロジロ見られてしまう、コソコソ言われる。自分の体は人と違うんで、あまりいいものじゃないんだとか、魅力的じゃないんだなとずっと感じてきた。障がいがある体も自分にとってはすごく大事なもの。それを多くの人に認めて欲しいというと大げさだけど、「私は私でいい、あなたはあなたでいい」ということが広く受け入れられる社会になって欲しいと思う。  今、世の中には、男らしさ、女らしさから解放しようという動きがあるかなと思うが、私のなかで、そういう流れと逆行して、女らしくありたいとか、女として見られたい、女として扱って欲しいという思いがある。結婚したいとか、子どもを産んでみたいという思いもある。  障がいがある人の性はこれまで大切にされてこなかったが、私は性教育をしっかりしてもらいたいと思う。性行為とか妊娠・出産ということではなくて、もっと基本的な「自分が自分らしく生きるんだよ」ということを教えて欲しかったと思う。条例に入れることで、大分県全体の問題として障がい者の性を考えてもらいたいと思う。 親が元気なうちに子どもを託せる支援を ― 親なきあとについて  安部綾子  うちの子はてんかんになって20数年になるが、いまだに発作が止まらない。条例づくりに寄せられたアンケートの中に「この子より1日でも長く生きたい」という声があったが、私もそう思っている。一番心配しているのは、本人がどうして生活していけるだろうかということ。  今までは、その時どきに起きる問題を解決することに一生懸命だった。母親として、この子を守らなければということで自分を犠牲にしてきた。犠牲とは思っていないが。  障がいのある子を親が見ているケースが非常に多くて、親の高齢化や健康の変化、認知症と心配の種が増えてきた。私も病気して、親なきあとのことを考えるようになった。  親がいなくなった後、この子の面倒を誰が見てくれるのか、医療を必要としている子どもの緊急時に誰がどのように対応してくれるのか、という不安をすごく感じている。  いろんな制度が広がってきて、どこかにつながっていればなんとかなるのではないかと考えられるようになったが、支援制度があることすら知らずに家族で抱え込んでいる現実がある。情報不足が家族を閉鎖的にしている面もある。親が元気なうちにすべてを託すことができる支援制度が、この条例をきっかけに実現することを願っている。 第3面 自分と違う人格を世に送り出す― 出産・子育てについて 薄田ミキ  20年余り前、結婚してすぐに妊娠した。私の病気は進行性で遺伝の可能性がゼロではないため主治医の先生に相談したところ、「今のあなたが幸せなら産んだ方がいいよ。今はあなたと一緒だけれど、生まれたら別の個人になるのだから、その子なりに考えて行動するよ。もし、遺伝したらその子の手本になればいいし、幸せを伝えてあげればいいよ」と言われた。 「出産とは自分とは違う人格を作る事、それは女性にしか出来ない大切な仕事」。そう考え出したら一日一日が楽しくて仕方なかった。あっという間の妊娠期間だったが、2度も楽しい時を過ごせてとても感謝している。帝王切開で2人の男の子を世に送り出した。それから大変な育児期に入る。長男は真剣に育てた。次男は慣れたせいもあり愛情は注いだと思うが、育児書等は見ていなかったような…。  成長は嬉しいけど子どもに追いつけない自分への焦りを感じたり、まわりと同じように動けぬ我が身に悔しい思いをしたりしたが、今思えば子どもが生活圏を広げてくれていたようにも思える。保育園、学校などの先生方がいろんな面で情報をくれたり、お母さん達も話しかけてくれフレンドリーな関係を持ってくれたりと、地域の方々にも感謝している。しかし、学校は非常に階段が多い所で参観日はほとんどお父さん任せだった。  一番悔しかったのは、私の都合で楽しいことへの参加ができなかった時や、ちょっと抱えれば見えるはずのものが見せてやれない時など。今にしてみれば子どもが成長した時、自分で見に行くからいいやと考えればもっと楽になっていたかもしれない。今は2人とも20歳を過ぎた。何とか成人を迎える年まで育ち、子どもと支えて下さった皆様に感謝している。  障がい者がいるのはあたりまえ 薄田夕侑( 子どもとして)  障がい者の母と障がい者を支援している父に育てられたが、障がい者ということをまったく意識していなくて、ベースに障がい者がいるのはあたりまえ、車いすがあるのがあたりまえと感じてきた。3,4歳の頃から、車いすを押せばまわりの人たちにほめられる。あたりまえのことなんだけど、それがうれしかった。障がい者がそばにいて大変と思ったことはない。社会人になってまわりが健常者だけになると、僕の考えが特殊なのかな、社会の目は障がい者に対して冷たいのかなと感じた。特殊な見方でも、今考えると自分は幸せな状況にいると思う。  車いすの母は保育園の送り迎えで園に入れなかった。小学校に入って保育園の前を通ったらスロープがついていた。お母さんの影響かな、人を動かしたなと思った。当事者が壁にぶつかって、ぶつかったときに声を上げることが世の中を動かすのかなと思う。 子を持つ親の思いは一緒  小坂 忠  息子が駅のホームから転落して高次脳機能障がいになった。高次脳機能障がいは雲をつかむような話だ。記憶、感情、社会性に問題を抱え、遂行能力がない。哲学的なことは言う。常人と変わらないように見えるが、家族が見ていると変なことばかり。どうやればいいかわからない。親がいくら心配してもできないことがあり、子どもを持つ親の思いは一緒だと思う。 第4から5面 第3回総会報告 第2部「災害に備える―県条例の意義を考える」 遅れている障がい者の防災対策 大分県社会福祉協議会 村野淳子さん どう解決すればいいかわからない  私は、10年以上前から全国各地の被災現場に支援に入ってきました。そのなかで障がいがある人たちが深刻な問題を抱えていることがわかってきました。現場では障がいがある方にはなかなか出会えない。指定避難所では生活ができないからです。それをどう解決していけばよいのかわからなかった。東日本大震災が起きて3年経った今もそれは変わっていません。  南海トラフ地震の被害想定が出ています。大分でも、かなりの方が亡くなるという予測がされています。震度は最大で6強、津波は佐伯で最大15メートルです。皆さんたちのお住まいになっているところでどう予測されているかご存じでしょうか。 いろんな災害が起きる可能性  こういう想定を知って自分たちがどう対応するのか、考えておかなければなりません。そして、災害は南海トラフだけでなく、別府湾地震、周防灘地震なども考えられます。津波だけではありません。土砂崩れ、水害、火災、いろんな災害があります。身を守るためには、これらを詳しく知り自分がどう行動するかを考えておかなければならないのです。  国も災害対策基本法改正などを行って対応していますが、県や市町村など自治体としても要援護者と呼ばれる自分たちで避難することが困難な人たちについては名簿を作成するなどの取り組みが必要です。しかし、いろんな制度ができているにもかかわらず実際には進んでいない現状があるのです。 被災地に学び実際にやってみる 私は被災地から学んで、今足りないものは何かを考えながらやってきました。被災したときに誰がどのように困るのか、避難するのにどれくらい時間がかかるのか、どれくらいの人手が必要なのか、実際に障がいがある人たちと一緒に避難訓練を行い、一緒に考えてきました。  最初の別府市千代町の避難訓練では、地域の人や大学生・高校生ボランティアにも参加してもらいました。地域の方々は、災害時には自分たちで避難支援をしなければならない。自分たちでやらないと本当の訓練にならないと言われました。翌年、北中自治会で行ったときには地域の方たちだけで避難支援を行いました。  東日本大震災では避難所がすごく劣悪でした。そのため住民が避難所を運営する訓練を臼杵市などでやってきました。子どもたちにしっかり知ってもらおうというようなこともやってきました。地域のなかでネットワークをつくって、どんなことができるか一緒に考える取り組みもやっています。 自分で避難できない人がいる  災害で死亡したケースについて、東日本大震災を例に岩手日報の記者が指摘しています。一つは、自分で大丈夫と判断して逃げなかった。二つには、自分で避難できなかった人、現状を認識することができなかった人。三つ目は、要援護者の人たちの様子を見に行った人。日常から支援している人、そういう人たちが命を落としてるというのです。要援護者の状況を見に行った人には、消防団、自治会長、民生委員なども含まれます。  これらのケースについての対応は徐々に進んできています。ただ、自分で避難できない人たちへの具体的な対応が特に進んでいないのです。どう進めていけばいいかわからないということがあるからです。 大切なのは当事者の声  災害現場に駆けつけて支援することで、全国的なつながりが広がっています。そのようにして知り合った人たちからの情報で、全国の動きがわかります。例えば、阪神淡路大震災で被災した神戸市では、最近の条例で「今後高齢化に伴い、誰もが要援護者になり得ることを踏まえ、住み慣れた地域で住み続けられる仕組みが必要になっている」と謳っていますが、障がい者のことは盛り込めなかったとのことでした。  また、東京都板橋区では防災対策を具体的に進めるためのワーキンググループがつくられ、名簿情報集約、地図上の表記、本人の意思確認、条例制定、ネットワークと情報共有、要支援者名簿、地域対象者の把握、平時からの名簿活用、迅速な避難などのステップが示されています。  このようにいろんな形で、行政も含めて取り組みが進められています。しかし大切なことは当事者の声の反映、必要性の確認だと私は考えています。そしてそれは平常時からやっておくことが大切なのです。 障がいによって異なる対応探る  大分のこの条例は、平時から一緒にやっていきましょうということを謳っている条例です。私もメンバーとして関わっていますが、被災地で何もできない悔しさ、同じことを何度も繰り返している悔しい気持ちをこの条例案に込めたつもりです。  今はまだ、高齢者への支援が先行しています。私たちは今年度、別府で防災の研修会事業を行うことにしました。障がいの種別ごとに具体的な対応を探っていく内容です。災害時には弱い方、支援が必要な方に大きな被害が起きていますが、障がいはたくさんの種類がありわかりづらいのです。このため、障がいがある人や家族、支援者などが一緒に集まって話し合うことで、どういう課題があり、どういう支援が必要なのを具体的に探っていくのです。  大分県の条例は、こういう地域の具体的な取り組みに結びつき、命を救うことにつながるような内容を条例に盛り込みたいと思います。それは全国のどこでもまだできていません。しかし、それをやっていかないと多くの命が失われることになります。 災害前に行動するための条例に  最近の日本の研究では、「障がいがある人の災害時の死亡率はない人の2倍から4倍になり得る」と指摘されています。世の中は少しずつ動いていますが、起こった後よりも起きる前に対応を実現しなければなりません。被災地支援では、何もできない情けなさを感じます。前もって仕組みとしてできていることで多くの命が救われます。つくる会の条例案で防災を取り上げてもらったこと、そして皆さんと一緒に進められることをありがたいと思っています。 第6面 第3回総会報告 条例案の骨格と理念及び逐条解説について 県民すべての理解と支えあいのために 平野 亙 もとはアンケートの声  条例づくりの基本的な考え方をお話ししたい。逐条解説は、118万人の県民すべてに条例の考え方を伝え、意見交換したいという思いでつくった。内容のもとになっているのは、私たちの考えというよりも、アンケートや聴き取りで寄せられた1200人を超える人たちの声だ。  逐条解説では、この条例を何のためにつくったか、どんな考えでつくられているのかを説明している。それは第1に、障がい者の「生の声」を反映していること、第2にすべてが「社会モデル」の考え方にもとづくこと、第3に「だれもが」と掲げたことが、大きな柱となっている。 社会のあり方を変える  第1の「生の声」は、「我々抜きに我々のことを決めないで」という世界の障がい者施策の基本原理を反映するもので、条例案すべての条文の出発点となっている。  第2に「社会モデル」。これまでこの国では、障がいは個人の問題であり、個人が克服すべきものとされてきた。しかし今、障がいは「その人の特性と社会の関係から生まれる」ものとなった。だからこそ、「合理的配慮」をしないこと、つまり社会の側が問題を放置していることが差別になる。これから、社会全体のあり方が変わっていかないといけない。 「支えられながら」があたりまえ  今までとかなり違う考え方なので、社会に浸透するには時間がかかるだろう。だけど、そもそも人は誰でも支え合って生きている。支えなしに生きていける人はいない。それなのになぜ障がい者は一人で頑張らなくてはならないのか。障がいがあってもなくても、人々や社会の仕組みに支えられながら、自分らしく生きていくこと。自立とは、社会の支えを受けながら自ら選択して生きていくことだ。 すべての県民のための条例  第3の「だれもが」については、条例づくりの最初から議論となった「当事者とは誰か」という問題に関わっている。自分の障がいに気づかないまま、困っている人もたくさんいるだろう。手帳がなく福祉サービスを受けられず、谷間に落ち込んでいる人もいる。人は誰でもその人なりの生きづらさを抱えている。生きづらさを一番感じている障がい者が安心して暮らせる社会は、だれもが安心して暮らせる社会だ。そのような、お互いに支え合っていける社会をつくっていきたい。障がいがある人は、潜在的な人を含めると人口の3割位と考えられるが、この条例が関わる人は118万の県民すべて。すべての県民が安心して暮らせるために、これからどんな社会をつくっていくか。この条例案をもとに、よい社会、よい条例をつくっていきたい。 第7面 第3回総会参加者アンケートから 総会の感想 ・少しずつ進んでいっていることが実感できました。うれしいです。しんどい、きつい、苦しいと思わないようにしてきた自分に気づきました。「しんどいです」そう言えるようになっていくと思います。 ・障がい者本人及び家族の苦悩を具体的な事例として発言された。このような機会を数多く開催してほしい。 ・当事者・家族の声を聞けたことがよかったですし、防災について、これからの課題も見えてきました。 ・親なきあとについては、親の子への思いについて捨てがたい親の気持ちが今まで優先していたが、フォローの仕組みが構築されることで、不幸な事例が減少することを期待します。 ・身体…精神…知的、それぞれの生の声を聞きながら、これは当たり前の事で、私たち(障がい者)の声を聞かないで進められていく社会をハード面とソフト面で変革していく一歩になるのではと感じます。 ・あらためて障がいのこと、その障がいという概念すら、さまざまな誤解と差別の上にあることに驚きました。しかし、障がいをお持ちの方の声を聞くことで、こんなにも多くのことに気づくことにまた驚きました。知らなかったことを知ったことが一番の成果だと思います。 ・障がい者のみんなの体験されたことや生の声を聞くことができ、まわりの目はやはりまだ差別があるのだと感じた。 ・てんかんを持った友人との関わり方や、当事者の男女としての意識を受けとめる必要を感じました。 ・当事者たちが積極的に声を上げている生の姿を見て非常に驚きました。今後、障がい者に対する理解を深めたいと思いました。 ・性…“寝た子を起こすな”という風潮は精神障がいには根強いと思います。しかし、実際にはくくっておくことはできず、望まぬ妊娠や中絶が絶えません(皆、男女交際や結婚にあこがれています)。 ・県の執行部が取り組んでいくことになった条例ですが、執行部、議会、つくる会のいずれかではなく、「協働」の気持ちで進めてもらいたいと感じました。 条例案と逐条解説案について ・県民の声を大事にした条例案がつくられていること、そしてそれが県民にわかってもらえるように解説に具体的な内容が盛り込まれていることに感銘を受けた。 ・県内すべての市町村に条例を浸透してほしい。障がい制度でも地域格差はあるので、本当の意味で誰もが差別されないことをめざしてほしい。 ・条例をつくり実施させる大きな要素に、やはり生の声聞ける機会を増やすことがあると思います。 ・発達障がいが見つかっていない…かもしれない方への支援等を考えてほしい…(地域、学校、家庭等) ・様々なニーズの方に細やかな配慮や対応が可能な条例はとても魅力的に映りました。 ・性や恋愛、結婚について、本日の話は目から鱗であり、子どもの頃からもっと多くのことを学び、知る機会があればよかったと思います。 今思っていること ・親なきあとのことが一番心配です。まだ私が元気なうちに安心したいです。私の子どもは重度心身障がい者なので、住む家(施設ではなく家、ケアホーム)が欲しいです。作りたいです。 ・入院時コミュニケーション支援事業(大分市障がい者)について、制度としてあるものの、病院自体が事業の意義を認識していないケースあり。 ・一人で暮らしたいと思い準備しています。 ・受け取り側の土壌が整っていなければ、声を上げる障がいのある人だけが傷ついてしまう。いろんな声をひろっていける大分県になって欲しい。 ・今後は小・中学校教育の場で教育をすることが重要になるのではないかと感じました。8年間社会人をしましたが、1度も今日のような話を聞く機会がなかったのが事実です。 ・相談支援専門員が真のパートナーとしての役割を果たせるよううまく活用して欲しい。 ・社会的引きこもり等も仲間に入れていただければと思います。 第8面 言わせちょくれ L 「佐世保事件を憂う」 別府市 徳田靖之  佐世保事件については、新聞で伝えられた以外に事実関係を承知している訳ではない。そんな状況下で事件について語ることは厳に慎むべきであることは、よくわきまえているのだが、余りに無責任且つ理不尽な週刊誌等の報道ぶりにガマンできず、筆を執らせていただいた。  このような悲惨な事件が起こるたびに痛感するのは、自分の「ものさし」で事件を理解しようとすると間違うということだ。  自分の「ものさし」で理解できないと、危険極まりない存在として描き出すほかはなく、社会からの排除という方向性しか生み出せないことになりかねない。  神戸事件の時、立花隆さんが「モンスター」と表現したのはその典型だ。  佐世保事件においても、少女に何が起こっていたのか、今の段階では、誰にもわかっていないはずだ。わかっていないはずなのに、わかったような顔をして、親がこうすべきだったとか、精神科医や児童相談所の対応のどこが誤りだとかの指摘をする「識者」を私はどうしても好きになれない。  彼女も人間なのだ。悩み、苦しみ、そして多分、自分を持て余していたのだ。被害者や遺族からの厳しい批判を覚悟のうえで、あえて言わせていただくが、私は、今、彼女のことが心配で仕方がない。彼女のことを思い続けている。  そして、そんな人間がここにも、あそこにもいるというメッセージを彼女に伝えたいと思っている。それが、何の役に立つのかと問われれば、黙ってうつむくしかないが、彼女の心に灯がともるのは、彼女のことを心底心配している人間がいるということを彼女が納得した時だと思うからだ。  彼女にいずれ、自分の犯した罪の大きさを思い知るときが来る。その時、彼女はおそらく自分は生きていてはいけない人間だと思うに違いない。それは死を選ぶ以外に償うことができない程の大きな罪なのだから。でも、私はそんな彼女に、それでも君は生きていいんだ、生きていくんだと言える私でありたい。  だから、私は、今日も祈っている。 シンポジウム「罪に問われた障害者・高齢者の支援」報告  9月20日、大分市の県弁護士会館でシンポジウム「罪に問われた障害者・高齢者の支援」が行われました。浜井浩一・龍谷大学大学院教授は基調講演で「日本の犯罪は減少傾向にあるが、刑務所には知的障がい者や高齢者が多く、累犯者がものすごく多い。再犯率は5年で7割になる。ノルウェーでは“逃げない福祉”があり、高齢者を刑務所に入れない。福祉があれば、触法高齢者・障がい者の問題は存在しなくなる。日本の犯罪対策も、「排除と厳罰」から「立ち直り支援」へと変わってきている。長崎をはじめ各地で地域生活定着支援センターもつくられ、社会の基盤(仕事・家族等)を失った中高年に『居場所』と『出番』を提供し、再犯防止につなげる取り組みが始まっている」と話しました。大分県でも自立生活サポートセンターこんぱすが罪に問われた高齢者や障害者の支援を行っています。 以上